いつもは部屋でゴロゴロしている俺ですが、さすがにたまには運動しなくちゃいけないと思います。
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運動しなさすぎるとただでさえ丸い体が完全なる球体になってしまうからな。
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完全な球体になったらますますシャチにボール扱いされちまうじゃねーか。どげんかせんといかん。
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運動するなら登山とかどうだ?高い山からの景色を見ながら運動するのはけっこう楽しいと思うぞ。というわけで富士山に行こう。
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富士山とか運動不足のアザラシがいきなり登れるわけないじゃん…。見ただけで満足しちまうよ…。まずは段階を踏んで、低い山から攻めるのが普通でしょ。俺は運動能力は最下級戦士クラスだから差し当たって日本一低い山を登るのがいいと思います。というわけで、今回は日本一低い山についてお話していきます。
日本一低い山は天保山?
「俺でも登れる山に会いに行く…」ということで、
手始めに日本一低い山から攻めて行こうと思い、
じゃあ日本一低い山というのはどこなのか?
というのを調べてみました。
その結果出てきたのが、「天保山(てんぽうざん)」というお山です。
天保山は大阪府大阪市港区の天保山公園にある山だそうです。
ちなみに、この天保山は元は人工的に作られた山、
いわゆる築山というものなんだとか。
では、この天保山、一体どれくらい標高が低いのかというと、
なんと驚きの4,53m!?山なのかそれは…。
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これなら俺でも無理なく登れますな!
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もはや普通の散歩に行くのと何も変わらないんじゃないか…。上ると言う表現は正しいんだろうか…?
そもそも山の定義って何?
「標高4,53mってそもそも山としてカウントしていいのかよ!?」
と疑問に思ったのは俺だけではないと思います。
というわけでここで、山とはそもそもどういう定義なのかを見てみましょう。
実は山の定義というのは曖昧で、
これといった定まったルールがないのが現状です。
例えば、国内の国土の測量を行っている「国土地理院」という機関に、
どういう地形を地図に山と記載するのか?基準を聞いてみると
・地元民が山と呼んでいるか
・地元自治体が山と呼んでいるか
・国土地理院が妥当と判断した場合
とのことです。
つまり山の定義は非常に曖昧…というか、
もはや言ったもん勝ちといっても良い状態なわけですね。
ちなみに、人工的に作られた築山であっても
ちゃんと山としてカウントしてくれるようです。
なので、天保山は地元民や自治体からも
しっかり山として認識されているので、
れっきとした山なんだそうです。
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もう少しちゃんとした『~~m以上のもの』みたいな基準はないんか…。
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お国の仕事でも、けっこうガバガバしたところはあるんだな~。
天保山の歴史について
標高4,53mしかなく、「本当に山なのか?」と
ツッコミを入れられそうな天保山。
そんな天保山が生まれたのは、
1831年(天保2年)の工事が発端だったそうです。
大阪には当時、「安治川(あじがわ)」と呼ばれる川がありました。
この安治川は、現在では淀川と呼ばれていますが、
当時は木津川と並んで大阪湾から大阪市中に遡る二大航路の一つでした。
しかしこの安治川は、川の流れによって大量の土砂が流れてくるという問題があり、
航路として使うのが難しい状況でした。
そこで、大型船舶が入港しやすくなるように。
また、洪水などを防止するという意味で、
1831年から2年に渡って安治川の底にある土砂を
取り去るという工事が行われました。
ちなみにこの工事は後に「天保の大川浚」と呼ばれるようになります。
天保山はこの時に安治川から取り除かれた土砂が
積み重なって作られた築山なんだそうです。
ちなみに、この時の天保山の高さは20m。
20m分も土砂が積み重なるとは大変な工事だったんでしょうね…。
この天保山は当時の年号である「天保」が名前の由来で、
安治川入港の目印として親しまれていたそうです。
そのため、目印山や目標山とも呼ばれていました。
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当時は20mもあったのか!
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でも20mってまだまだ山なのか?って感じの高さだよな。
要塞と化した天保山
その後1854年(安政元年)になると、
ロシアの軍艦ディアナ号が大坂沖に現れます。
ディアナ号の艦長であるエフィム・プチャーチンさんは
高圧的・威圧的な姿勢で親善通商条約の締結交渉を要求していきました。
それを受けて、当時の大坂城代である土屋寅直さんは、
近隣の各藩に警護を固くするように命令。
そしてそれと同時に河口を守るための砲台を天保山に設置させました。
また、それにあたって天保山の土の削られ、
高さは20mから7,2mまで削られてしまいました。
ちなみに、この砲台は一発も撃たれることなく
明治以降になって廃棄されることになったとさ。
また、その後時は過ぎ去って高度経済成長後の時代。
地下水のくみ上げによって天保山周辺に地盤沈下が発生。
7m以上あった標高は1977年(昭和52年)には
4.7mに減少し、さらに1993年(平成5年)以降は4.53mとなりました。
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なんかどんどん小さくなっていってるんですが…。
ちなみに天保山は1993年に一度の地形図から
山という表記が抹消されたのですが、
地元からの熱い要望によって1996年(平成8年)7月1日に
再び山表記されるようになりました。
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何だかんだ地元からは愛されてる山なんだな~。
天保山には山岳救助隊もある!?
ちなみにこれも天保山に関する雑学ですが、
標高4,53mしかない天保山にもなんと山岳救助隊が存在するそうです。
地元有志によって形成された山岳会が存在し
そのメンバーによって救助隊が結成されているんだとか。
また、山岳会では登山後の希望者に対して
登山証明書を有料で発行しているとのこと。
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4,53mの山に登った証明書って意味あるんだろうか…。
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まあ観光記念?みたいな感じなんじゃないか?
ちなみに、その山岳救助隊に救難要請が来たことは今のところないそうです。
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何か砲台をつけても結局一発も撃たなかったり、救助隊結成しても一回も要請が来なかったり、無駄に守備力を高めようとする山だな…。
天保山、NO.1の座から落ちる…
地元民や地元自治体から「日本一低い山」と呼ばれている天保山ですが、
2014年4月9日の国土地理院の調査によって、
ついに王座陥落の時が来てしまったようです。
新たに王座に就いたのは宮城県仙台市にある「日和山(ひよりやま)」で、
なんと標高は3mなんだとか。
これによって天保山は日本で2番目に低い山になってしまいました。
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No.1の座から落ちてしまうとは…。じゃあ俺日和山に登ることにします。
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No.1なのかはたまたワースト1なのか…一体どっちなんだ…。
天保山まとめ:山の定義もっときっちり決めとけよ
今回は調べていて、日本一低い山がまさか標高4,53mだったり3mだったりと、
冗談抜きで低すぎることにまず驚きました。
そして、そもそも山という地形の定義が曖昧過ぎて、
基本的には多くの地元民が「ここは山です」と主張すれば
国に山と認められてしまう制度にも笑わせられました。
もう少ししっかりした定義はないのか…。
もしこのままだったらその気になればいくらでも
日本一低い山を捏造することが出来そうですよね。
日本一低い山日和山、
そして元日本一低い山の天保山。
いつか登山しに行ってみたいと思います。
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登山にはいろんな準備が必要だから、行くのはけっこう先の話かな…。
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あの山登るのに必要なものがあるとは思えない。